JEMCO通信

「グローバル展開」の現場から

グローバル展開の現場から|海外でよくある問題と対応|第七回 リスク対策について(その1)

文責:ジェムコ日本経営 コンサルティング事業部 高橋功吉 

 

今まで述べてきた「海外でよくある問題」は、経営を進める上でのリスクの一つであるが、海外でオペレーションする場合は、発生する可能性のあるリスクを想定して、事前に対策、点検をしておくことが事業継続を図る上では必要不可欠なことと言える。

 

それでは、海外で事業を進める上で、どんなリスクがあるだろうか。先ずは「生産が停止するリスク」である。生産が停止すれば、事業は継続できなくなるからだ。また、「安全や健康リスク」、「環境変化リスク」、「税務リスク」、以前述べた「未回収リスクや労務問題等の現地での経営を進める上でのリスク」、さらに合弁の場合は、「パートナーに関わるリスク」等も存在する。これらを少しでも回避するには、日頃から意識して事前に対策をしておくことである。今回は、この中から、先ず、生産が停止するリスクについて考えてみることにする。

 

◆生産停止にはどんな原因があるか 

 生産が停止する原因には、火災や水害といった災害、労働争議、ストライキ等による生産停止、反日運動等の妨害による生産停止、インフルエンザ等の蔓延による操業停止、また、調達先のトラブルによって部材が供給されない場合や、政情不安や港湾スト、政策的な輸出入規制等に起因する場合がある。この中で、労働争議の話しは以前も取り上げたので、今回は、先ず、ある日突然発生する災害に起因する生産停止へのリスク対策から考えてみたい。 

 

◆災害による生産停止への対応(ある事例から)

 自社工場が火災、水害、地震等で生産停止に追いやられるというようなことは、無いにこしたことはないが、実際、火災は、ある日突然発生する可能性がある。また、水害は、以前発生したタイの洪水は有名だが、インドネシア等も多く、地域や気候によって発生するリスクがある。これらは、進出時等、事前にリスクチェックを行ない、これらのリスクが少ないエリアを選定するか、事前にリスクを想定して盛り土等の対策をしておくことで、被害を最小限に留めることが必要だ。

 

ところで、筆者も以前、海外の経営責任者をしていた時に、一つの工場で火災を発生させてしまった経験がある。今回は、この時の内容を紹介する。 

 

発生時間は、深夜未明で、発生場所は、工場の事務所であった。朝早く出勤した社員が発見したのである。事務所は全焼したが、幸い、密閉状態で延焼は免れ、誰ひとり怪我もなく、生産設備は無事であった。しかし、主要な電源ケーブルがすべてこの事務所の上を通っていたことから、工場への送電が全くできない事態になり、この工場は真っ暗というだけでなく、すべての生産設備が動かせない事態になった。また、隣にある物流棟への搬送装置の電源ケーブルもここを通っていたことから、物流棟が機能しなくなり、火災の発生していない他の工場で生産したものの搬送もできなくなった。1つの工場の事務所だけの火災にもかかわらず、全工場の生産が停止する事態になったのである。 

 

 筆者がこの事態を知ったのは、朝、会社へ向かう車の中だった。緊急連絡網が機能し、すぐに連絡がきた。対策本部の立ち上げを指示し、会社に到着と同時に現場を確認した。この時点で、警察や消防、また、保険会社やシステム会社等への連絡はすでに行なわれていた。また、誘導係がハンドマイクで、出勤してくるこの工場の従業員に食堂に集まるように誘導してくれた。記録班は、何時に警察が来て、何時に保険会社が来て・・・と写真と共に時系列に記録に留めてくれた。お陰で、日本への報告も時間経過も含めて適切に報告することができた。対策本部では、いつまでに復旧させれば顧客への納品に問題は発生しないかの確認をし、いかに早期に復旧させるか、そのための対策を検討した。先ず、物流棟への電力供給を別ルートにすることで、火災をおこした工場以外の操業が開始できるようにした。1時間だけのストップで留めることができた。火災が発生した工場の復旧で、一番、問題だったのは、消防の現場検証がいつ終わるかであった。現場検証が終わらないと復旧工事に入れないからだ。最初に現場検証に来た調査官の女性のリーダーは、上司の確認がいるので、明日まで、このまま現場保存せよと言いだした。それでは復旧工事にあたれないことから、ローカルの取締役がその上官に直接話しをするように動いてくれた。実は、このあたりは、ローカルから、ある程度、原因の特定を推察できる説明まで用意した方が早いとの提案がなされ、うまく話しをしてくれたのである。おかげで、午後7時前には復旧工事の許可を得ることができた。

 

 現場検証をしている間に、復旧工事部隊は、見事な外段取りをしてくれた。事務所の中の燃えた机等を先ずは撤去しないと作業に入れないことから、撤去品を置く場所が決められ、搬出のための運搬具が用意された。また、設備をすぐに動かすために、電源ケーブルを、直接設備に配線し、恒久的な工事はその後でやることに決め、そのためのケーブルが順番にその工場棟の周りに配置された。工場の設備配置図面にはどのように作業するかも記載された。徹夜での復旧に備え、照明器具も用意された。普段から、生産現場では段替え時間の短縮化に向け、外段取りや内段取りのさらなる短縮への取り組みはされているものの、このような復旧工事での外段取りのすばらしさには、内心、感心したことを覚えている。お陰で、翌朝には、8割ほどの設備が動かせる体制が整い、顧客に迷惑をかけることもなく、実質1日だけの操業ストップですませることができた。 

 

◆◆事例からの教訓

 今回紹介した事例は、生産設備への延焼が免れたというラッキーな面はあるが、非常事態の体制がうまく機能してくれたことで、迅速な復旧を図ることができた事例と言える。どの企業でも、日頃から避難訓練や消火訓練は行なっている。しかし、いざ火災等が発生した時に、役目を担うべき担当者が退職して空白になったままになっていたり、担当は決まっていても、具体的にどんなアクションをとる必要があるかが決められておらずに対応が遅れたりという事例は多い。形だけの体制ではなく、常に、担当がやるべきことは理解されているか、また、非常時に備えて準備すべきものは準備されているかを確認しておくことが大切ということだ。 

 また、非常時の場合、現地事情がわからない日本人では適切なアクションがとれないことが多い。実際、タイの洪水の例では、復旧に向けて、日本人ではどうしたらよいかもわからず、すべてローカルがやってくれたという会社は多い。事実、ボートや潜水夫の手配一つ、日本人はどうしたらよいかもわからなかったというのが本音である。すなわち、非常事態での体制と役割、何をするかを決め、ローカルに任せるところはローカルの判断に任せることが大切ということだ。実際、筆者が経験した火災の時も、こうした方がよいというローカルの判断をすべて尊重した。現地の火災調査官との交渉だけではなく、復旧に必要な資材や業者・人の手配は、すべてローカルが行なってくれた。通常のメンテナンス業者だけでは難しいものも、ローカルならではの人脈を活用して手配してくれた。結果、それが一番早かったということだ。 

 さらに、火災を発生させない、大きくしないという観点では、保険会社等のプロにチェックしてもらうことも有効だ。構造的に改善した方がよい部分は改善しておくということも大切だからだ。実際、筆者が経験した火災は、事務所が完全にクローズされた空間になっていたことで設備への延焼が免れた。いかに発生させないか、また、万一、火災が発生しても延焼を発生させないという視点でのチェックも大切と言える。 


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